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今週のレース:スプリンターズS

競馬
「今年は香港馬が勝ちますよ。今年はそういう年です」
 
内定式で出会った同期の男がコカコーラの入ったグラスを揺らしながらそう言った。 
 
ああ。確かに。高松宮記念を勝ったキンシャサノキセキもぶっつけだし、ワンカラット牝馬で前年の覇者のローレルゲレイロも微妙ですもんね。やっぱグリーンバーディーですか。
 
「ええ、グリーンバーディーもともかく、ウルトラファンタジーも侮れません」
 
男は鼻息も荒く自信満々にそう言うと、すみませーん、コカコーラもうひとつ! と同じようなトーンで注文をするので笑ってしまった。
 
おれの就職活動は失敗だった。桜が散る前にいわゆる中小から内定が出て、おれは出来る、余裕を持ってこれから大手への就活を進められる、と思ったところまではよかった。しかしそれから真夏まで就活を続けたのだが、おれに内定が出ることは二度となかった。
 
だからおれは恐ろしくモチベーションの低い大学4回の後半を過ごしたし、内定式も入社後も、もちろん同期とのこの初めての飲み会も、吉良吉影のようになるべく目立たずに過ごそうと決め、自己紹介もなんとなく旅行とか読書とか、テキトーなことを言ってごまかした記憶がある。
 
それからしばらく同じようなフットサルだとか、カフェ巡りだとかつまらない自己紹介が続いたが、続いて呼ばれた男が自信満々に「趣味は競馬です!」と答えたので驚いた。一瞬オッ、と思ったが、そんな胸を張って言える趣味じゃないよ、と心の中で突っ込んだし、その負い目があったからこそおれも言わなかった。実際会場も「えぇ〜」みたいな微妙な空気になったので、言わんこっちゃないと思っていたが、当の本人は全く意に介さず、最後に微妙なオープン馬の名前を挙げ、「一番好きな馬です!」と高らかに宣言し、失笑を買っていた。
 
そのあと、頃合いを見計らい、実は僕も競馬やるんですよ、あしたのスプリンターズSは何を買うんです? と彼に話しかけると、冒頭の答えが帰ってきたのだった。
 
さあ4コーナーカーブから最後の直線コースに入った! ウルトラファンタジー粘っている!外からキンシャサノキセキダッシャーゴーゴー2番手!ウルトラファンタジー粘っている!ウルトラファンタジー粘っている!ウルトラファンタジー粘り切ったか! 外からダッシャーゴーゴー! ウルトラファンタジー粘り切ったか……
たったの1分と少しで金が溶けるスプリンターズS。カメラは香港馬のウルトラファンタジーがダッシャーゴーゴー以下を振り切ったのを映していた。そしてもう一頭の香港馬であり、彼の言葉を信じて本命にしたグリーンバーディーは馬群に沈んだ。おれの馬券も場外馬券場のゴミ箱へ沈む。もう一頭の香港馬も買っとけよ、と後悔を乗せて奥深くへ沈む。
 
その後すぐに男から「どうです、言ったとおりでしょう、儲かりましたか?」といったようなメールが来て、内心腹立たしい思いを殺し、おれは見栄を張った返信をしたのだった。
 
あしたであれから5回目のスプリンターズSとなる。幸か不幸か、おれも彼も違う支社とはいえ、相変わらず同じ会社で働いている。営業成績は水を開けられてしまっているが、やはりその差は自信を持っているか、いないか、なのだと思う。
 
今週のスプリンターズSどうするよ? 支社間の電話を利用し、彼に話しかける。彼はやはり自信満々に宣う。
 
「今年は香港馬が勝ちますよ。今年はそういう年です」