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ここは府中オケラ街道

競馬
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秋の府中開催が始まってから4回だ。もう4回も南浦和から武蔵野線府中本町行きに乗り、東京競馬場を不退転の覚悟で訪れたのだが、ダノンプラチナが差し切った富士ステークスの単複がんばれ馬券ぐらいしか的中せず、秋風に背中を丸めながら、それこそオケラのように丸めながらだ、府中オケラ街道の昭和レトロ満載の店で、周りの似たようなオッサンに将来の自分を重ね、瓶ビールを片手に、後悔と騎手はじめ競馬関係者に呪詛の念を吐くことが10月だけで4回だ。高いビール代である。勘弁してくれ。

府中オケラ街道を初めて訪れたのは、おそらくブエナビスタ降着したJCだから2010年だったと思うが、そのときおれの本命はナカヤマフェスタだった。凱旋門賞2着馬がブエナビスタごときに負けるわけがない、と意気込んでの撃沈だった。凱旋門賞2着馬が負けるわけないでしょ、と喚くおれを慰めてもらったのがあの場所で、あの日からあそこは全く変わってない。おそらくそれより前からずっと変わっていない。

あそこはいい。安心する。東京競馬場に行く、とツイートするたびエゴサしているオシャレな府中のバーから、観戦後はぜひ来てくれという旨のリプライが来るが、こっちは遊びでやってるんじゃないのだ。覚悟を決めてあの場所にいる。負けてヘラヘラ洒落乙なバーに行くバカがどこに居るのだ。とにかく負けたらあそこなのだ。だから毎回行く羽目になる。

おれが初めて東京競馬場へ行ったのは、おそらくディープスカイのダービーだと思うが、その時の帰り道にオケラ街道を見て、ああはなりたくないと思ったはずなのだ。5年経たずになってしまった。オケラ街道を覗き込むとき、おれはまたオケラ街道に覗き込まれていた。

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蛭子能収が「労働で人は輝けない。競艇場では輝ける。だから労働というのは人が競艇場で輝くための労働だ」とブチ上げていた。それを聞いておれは猛烈に感動した。その通りだと思った。だからおれはまた小銭をかき集めて競馬場に行く。負ける。あそこに行く。後悔を語る。それはおそらく、おれの本命馬が後方で歩いてるときよりかはまあ、たぶん輝いている。

とまあいくら正当化しても失った金は帰ってこない。やっぱりそんなわけねーわ。金返してくれ。