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今週のレース:フェアリーS

競馬
「競馬は人生のようだね」と聞かれた劇作家寺山修司はこう答えたという。
 
「逆だよ。人生こそが競馬の比喩なんだ」
 
永らく暮れの2歳牝馬のレースだったフェアリーSが年明けすぐの3歳戦の、しかも距離が伸びての中山1600mに鞍替えしたのはこの年からで、おれは成人式で市長の挨拶も聞かずにどの馬から買おうか悩んでいた。
 
おれは中学校までは比較的、まあクラスヒエラルキーでいうともちろん下位なのだが、下位は下位としてそれなりの学校生活を送っていたし、部活も入っていたから面倒だった成人式も行ってみるとそれなりに懐かしい顔が揃っていて、なかなか楽しかった思い出がある。
 
男はみなそうかもしれないが、20歳ともなれば背伸びをして酒とかタバコ、そしてギャンブルの話に終始することも珍しくない。おれは酒もタバコもやっていなかったけれど、競馬が好きだったし、そのうえ前週の京都金杯で1万円近い払い戻しを受けていたから饒舌にそんな話に混じっていたのだと思う。
 
「競馬の話?」
 
そういって話に割って入ってきたのが、えーと、こいつは誰だっけ、というほど仲良くもなかった元クラスメイトだった。そうだ、おれは先週の金杯タマモサポート本線でブチ当てたのだいいだろうすごいだろうと言うと、彼もまた競馬が好きで、なにより京都金杯で同じくらいの払い戻しを受けたと応戦してきた。学生時代、ほとんど話したこともなかった男、おそらくいわゆるクラスヒエラルキーが向こうの方が上だったからであるが、こうして競馬を介して会話が弾むとは思いもしなかったな、と思った。
 
「今日のフェアリーSは?」
 
すぐにヒエラルキー上位よろしく、写真を撮ろうと女に呼ばれた彼が去り際におれに問いかけてきた。おれが関東の一番馬のパールシャドウの名前を挙げると、オレは西のジェルミナルから行くよと言った。
 
 
「いや〜強かったね〜」
 
その夜の同窓会で彼が白々しく話しかけてくる。フェアリーSは彼の挙げたジェルミナルの快勝だった。おれの本命馬はジェルミナルからはるか後方。完敗だった。彼は単勝はもちろんのこと、三連単も当てたというので、おれは抑えの馬券は当たったと、負け惜しみでウソをついた。
 
ボロが出るのでこれ以上競馬の話をしたくないと、はじめて身の上話を振ってみたがそれも失敗だった。彼はおれが入試で落ちた有名大学に通っているといい、それだけでなく、今度彼女を競馬場に連れて行きたいと言うので、こいつは嫌なやつだと思った。
 
おれがその会話を続ける前に、彼はやはり昼と同じように女のグループから声を掛けられ、5年前と同じように輝くヒエラルキーの上へ帰っていってしまった。彼は最後に言った「またあとで」が何年後何十年後の競馬場になるとは思わないだろう。おれは横目で女とアドレスの交換をする彼を見ながら、寺山修司の言葉を思い出して会場を後にするのだった。
 
「競馬が人生の比喩なんじゃない、人生こそが競馬の比喩なんだ。」
 
あれからもう何年も経つが、相変わらずおれが未だに勝ちきれずに下級条件をウロウロしてる人生だと知ったら、成人のころのおれはどう思うだろうか。たぶんやっぱりね、と思うんだろうよ。まあよ。金メダルを取れなくても、シルバーコレクターなんて銀メダルばっかりの馬のほうが応援されたり、愛されたりするんだぜ。おれはそっちの方を目指すことにするよ。
 
フェアリーS:◎アルジャンテ