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もう一回、こっち向いて

養豚場

nlab.itmedia.co.jp

さて。去ることの2月10日。いつものように仕事をサボってTwitterをやっているおれに、このニュースが飛び込んできたわけであるが。

声優・田村ゆかりとの出会いは2003年のダ・カーポである。しかし、アイドル・田村ゆかりとの出会いはそれから10年以上も経った2014年になる。社会人になったおれに王国と称される田村ゆかりのライブへ「外遊」に行く機会が訪れた。

おれはオタクとして生きてきたが、田村ゆかりのことはあまり好きではなかった。それでも、オタクをやめる前に一度くらい声優界のレジェンドに、有名な「世界一、かわいいよっ!」を言いたい。そんな思いがあった。だから、外遊は物見遊山で終わるはずだった。しかし、おれはそこで王国の凄さにいたく感銘と衝撃を受けてしまった。そして。おれはそれから10年の空白を埋めるように、ゆかり王国へ何度も外遊するようになってしまった。

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おれは昔からの王国民ではない。田村ゆかりの実年齢も知っているし、その年でアイドルをするということがどういうことなのかも知っている。だから、近いうちに外遊自体ができなくなるという危惧があった。その危惧がおれを積極的に外遊へ向かわせた。

それが今、ある種の形となってきている。

 
そして。2月13日に更新された田村ゆかりのブログ。

おれはレコード会社のことを知らない。三嶋というプロデューサーを知らない。でも、田村ゆかり自身の苦悩はなんとなく分かる。「王国民がキモイから辞めた」とか、「この歳でアイドルはキツいから辞めたかった」とか。今回の騒動で出た意見も、昔のおれなら賛同していたが今では賛同できない。

おれは来月で27歳になる。28歳だったか。いつの間にかアラサーと呼ばれる年齢だ。もちろん声優・田村ゆかりと初めて出会ったころのおれでもないし、斜に構えて田村ゆかりを嫌っていたおれでもない。むしろ、社会に染まっていく中でオタクとして生きてきたおれからどんどん遠のいて、現在進行形で今を死んでいる有様だ。一方田村ゆかりは今も昔もトップランナーのままでいる。

おれのオタク全盛期はやはり大学のころであった。いち早く王国民となり、一緒に外遊しているオタクと過ごしたくすんだオタク色の日々もだいぶ遠くなった。それでも(あいつはどう思ってるかどうか分からないが)、最近のオタク業界からはじき出されたおれも、外遊のときだけはあの日に近づける気がしている。現場を騒がせる若いオタクがほとんどいない王国民のなかでこそ、同じオタク不遇の時代を生き抜いてきた王国民たちのなかだからこそ、おれはあの鈍く輝いていた日に近づける気がしている。

仕事、上司、ゴルフ、社会、アラサー、結婚。

おれはかつてオタクとして対極にあったものたちに呑みこまれようとしている。まだ死にたくない、そう思いながら今を死んでいる。オタクとして生きてきたのに、だんだんと社会に染まってしまい、死んでも死にきれないと思いながら、死んでいっている。だから、そんな想いがあの光の海で昇華され、オタクとして生きてきたおれにまた一瞬でも戻れるのならば、かつてアニメを見て展開に手を叩き合ったあのオタクと、また再び手を叩き合えるのならばおれはどんな金だって払うし、彼女に土下座だって苦ではない。

田村ゆかり自身がこれからどんな選択をするかは分からない。無論、おれはそれがどんな選択でも肯定して受け入れるつもりである。ここまで楽しませてくれたのだから、文句などつけるわけがない。

しかしながら、今一度、たった一度でいい。おれが死ぬ前にもう一度だけ「世界一、かわいいよっ!」と言わせてくれれば幸いだ。そうすれば思い残すこともなく安らかに逝ける。どうか、どうか。姫よ。ご達者で。