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ばか者のすべて

というような事実はありません

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 おれが夏に新潟へ行く理由はだいたい100個くらいあって。ひとつ目はもちろん夏の新潟競馬。夏のローカル競馬場で馬を見ること。ふたつ目は市のはずれにある証券の神様を祀る神社。持ち株の今後をお願いすること。みっつ目は日本酒と寿司。馬券を当てて高い寿司を食う夢を見ること。そしてよっつ目は。

「本当に新潟まで来ちゃうんですね〜」

 古町のホテルのチェックインを終えたおれに、浴衣の女が呆れたような声で話しかけた。そして、早くしないと花火上がっちゃいますよ、とおれの手を引っ張った。

 女とは「共通の友人同士の食事会」で知り合った。自己紹介で新潟出身だと言っていた女だ。ここでは名前をおれが好きだった馬から取って、雪花としておく。雪花石膏。アラバスタ。そんな厨二病みたいなハンドルネームのような名前でもおかしくない、雪のように肌の白い女だった。おれは過去に何度か新潟へ行っていたし、そこで雪花と新潟のローカルトークで盛り上がった覚えがある。

 「食事会」で交換する連絡先なんてのは社交辞令が大半で、その後に発展することは滅多にない。その日もそうだと思っていたのだが、連絡先を交換したなかで唯一雪花から連絡が来た。後から聞いた話だが、雪花は子供の頃に父親新潟競馬場へ行っていたらしい。だから、おれと話してその頃のことを思い出し、懐かしくなったということだった。

 雪花とはそれから何回か食事へ行き、7月の中ごろに東京競馬場の花火大会へ行った。おれはその日、雪花が浴衣で来たら告白しようと思っていた。

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 だが、雪花は浴衣で来なかった。おれの期待は真夏の雪のようにあっという間に消えてしまって、ひどく落胆した。それどころか、最後の花火があがるころに、雪花は7月いっぱいで会社を辞めて、故郷の新潟へ帰ると言った。終わりだと思った。それでも雪花は最後に、あたしの地元の花火大会もスゴイから見に来てくださいね、と言った。

 それから1ヶ月もしないうちにおれはこうして新潟へ来た。雪花と花火を見ることが目的なのか、競馬が目的なのか、どちらだったかは分からない。ただ、夜が降りてきた古町を、雪花に連れられて歩いていることだけは事実であって、その雪花は、あの日とは違い、浴衣であったのも事実だった。

 しかし、新潟の花火大会は、雪花が言うほど大層なものでもなく、どこにでもある花火大会というのが率直な感想だった。今年最後の花火になるのは、少し物足りないかなあ。古町で雪花と飲みながら、そんなことを正直に話した。

「だから言ったじゃないですか、あたしの地元の花火大会はもっとスゴイんですって!」

え。地元ってここじゃないの? と驚くおれに雪花は惚けて続ける。

雪花の実家は新潟ではなく長岡であったこと。だから、雪花が言っていた地元の花火大会とは、有名な長岡の花火大会だったこと。つまり雪花はきょう、長岡からわざわざ新潟へ来ていたこと。そして、長岡行きの最終電車はすでに、なくなっていたこと。このままでは雪花は帰れないこと。そして。唯一。おれの泊まるホテルのフロントが23時に閉まること。

 ビジネスホテルの壁は薄く、声どころか心臓の音まで隣の部屋に聞こえてしまいそうだったこと。セミダブルのベッドは2人では少し狭かったこと。雪花の肌は雪のように白く、雪のように冷たかったこと。真夏の雪がおれの熱で溶けてしまわないか心配だったこと。

この夜が夢ではなかったこと。何年経っても思い出してしまう夜になったこと。

おれが新潟に行く理由は雪花と会いたかっただけだったこと。

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 朝の新潟駅。改札の前に競馬新聞を握るおれと、浴衣姿の雪花がいた。明らかに周りからは浮いていた。そろそろ長岡行きの電車が出る。新潟1Rが発走するころには、雪花も長岡へ着いているだろう。秋にも新潟開催があるんだ、と雪花を見送ろうとしたとき、雪花は最後に笑っておれに言った。

「あたし、こっちに帰ってきた理由って、実は地元の彼と結婚するからなんですよね〜」

 今まで黙っててゴメンナサイ、と頭を下げた雪花にその時おれはなんて返したのだろう。

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 また今年も夏が来る。休暇の申請は済ませた。おれは懲りずにまた夏の新潟で、ひとり花火を見ながら、今年最後の花火を見ながら、こう思うのだろう。
 

 


こんなことがあったらよかったのにな〜〜〜〜〜〜〜〜………

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